2009年5月19日

「ハルモニカ」覚書その3:ちょうちょ

2回にわたって曲へのイントロダクションを書いてきましたが、更に補足を。

前述したように、時として非常に混沌としたイメージのあるこの曲ですが、勿論のことこれは表現のための「手段」であって、「目的」ではありません。つまり、我々が既に知っている音楽に安直に留まることなく、必要であれば時にはそれを打ち壊し、新たな表現を求める、その一つの方法である、ということです。

しかしながら、この曲のある一部分ではこの主従関係が意図的に逆転している部分があります。

4つに大きく分かれた部分の第二部、スコアでは第166小節から第272小節にかけて、最上段にドイツ民謡《小さなハンス Hänschen klein》の一番の歌詞が記されています。この曲は日本では「ちょうちょ」(ソミミ・ファレレ・ドレミファソソソ…)でおなじみの曲ですが、この曲で使われている5つの音(ドレミファソ)のそれぞれの音について、ある音の集合体があてがわれます(ド=集合A、レ=集合B...)。曲は「ちょうちょ」の進行に沿って、音の集合体に変換されたものが推移していきます(ソミミ…=集合E、集合C、集合C...)。更に「ちょうちょ」で反復される音(レレレレレミファ…等)の部分ではその反復の都度、あらかじめあてがわれた音の集合体に変化を及ぼす、といったモデルが採られています(レ=B、レ=B'、レ=B''...)。

ここではこの歌詞は直接表立って表れないため、このように言及されなければ気が付きませんし、またそういった意図も無いようにみえますが、曲中では2箇所、ソリストがテキストを発する箇所があります。
このテキストはドイツの劇作家エルンスト・トラー(1893~1939)の『群集 人間 Masse Mensch』(1921)第四景からの一節ですが、こちらはテキストが母音-子音と完全に分解され、特殊奏法を挟みつつ演奏されます。こちらはタイトルからも連想されるように群集と個人という関係がオーケストラとソリストに転化されている、ということかも知れません。