2000年10月26日

ウィリアムズ/ファンファーレとアレグロ

Fanfare and Allegro (1956)
Clifton Williams (1923-1976)

ファンファーレとアレグロ
クリフトン・ウィリアムズ

 クリフトン・ウィリアムズはアメリカの作曲家で、1949~66年テキサス大学作曲科教授、1966年からマイアミ大学の理論・作曲科の主任を勤めた。彼の元では吹奏楽曲の作曲家として同じく有名なJ.B.チャンス(1932-1972)が学んでいる。彼の吹奏楽作品としては、この曲の他にも『シンフォニック・ダンス第3番〈フェスタ〉』が演奏会においてしばしば取り上げられる。
 『ファンファーレとアレグロ』はテキサス大学シンフォニックバンドとベルナルド・フィッツジェラルドのために作曲され、1956年アメリカ吹奏楽指導者協会のオストワルド賞の第1回受賞作品となった。題名が示す通り、ファンファーレとアレグロの2部から構成されるが、この2つは続けて演奏される。冒頭の動機を用いたフレーズ、リズムの拡大・縮小、同型反復が効果的に用いられており、曲全体にファンファーレ的な心地よい緊張感を持続させることに成功している。

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ヴェーバー/クラリネットと管弦楽の為の小協奏曲

Concertino für Klarinette und Orchester op. 26 (1811)
Carl Maria von Weber (1786-1826)

クラリネットと管弦楽の為の小協奏曲 変ホ長調 作品26
カール・マリーア・フォン・ヴェーバー

 歌劇《魔弾の射手》 Der Freischütz の作曲者として有名なヴェーバーとミュンヘンの宮廷管弦楽団のクラリネット奏者ベールマン Heinrich Joseph Barmänn (1784-1847)の出会いは、クラリネットを独奏楽器とする幾つかの室内楽曲、協奏曲を生んだ。この小協奏曲はその一連の作品群の最初のものにあたる。
 この曲はベールマンの委嘱によって作曲されたのだが、完成したのは初演の3日前だったという。にも関わらず、1811年4月5日のヴェーバーの自作による演奏会においての初演は大成功であった。この演奏会に臨席していたバイエルン国王マキシミリアンは大いに感動し、新たに2曲のクラリネット協奏曲をヴェーバーに依頼している。なお、曲はベールマンに献呈されている。
 この曲は切れ目なく続く3つの楽章から成っている。第1楽章はハ短調、4/4拍子で、序奏的な役割を果たしている。変ホ長調、2/2拍子に変わる第2楽章は、オーケストラのトゥッティ(総奏)によって区切られる主題と4つの変奏の形をとっている。続く第3楽章は6/8拍子でロンドに近い自由な形を取っている。全楽章を通じて、ヴェーバーの歌劇作曲家としての筆致が見られ、ロマン的色彩感の溢れる作品となっている。

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ワーグナー/エルザの大聖堂への行列

"Elsa's Procession to the Cathedral" from "Lohengrin" (1848)
Richard Wagner (1813-1883)

エルザの大聖堂への行列
リヒャルト・ワーグナー

ドイツ・ロマン派音楽の劇的分野における頂点に立つ作曲家、リヒャルト・ワーグナーの楽器法の特徴の一つとしては、オーケストラの中の管楽器編成を大幅に拡大し、それらを非常に効果的に使用しているという点が挙げられる(「指輪」の管楽器の編成の影響を受けてフレデリック・フェネルが「ウィンド・アンサンブル」を提唱した話は有名である)。その彼自身も式典用ではあるものの、葬送音楽WWV.73、感謝の行進曲WWV.97の2曲を吹奏楽曲として残している。
この《エルザの大聖堂への行列》は、歌劇《ローエングリン》 Lohengrinの第2幕で貴族が居並ぶ中、エルザが神に祈りをささげる為に行列を従えて大聖堂へ入場する場面での音楽である。曲は終止荘重なテンポを取り、冒頭のコラールに始まる音楽は楽器法、ダイナミックスの継続的な拡大を経てトゥッティのfffによって終止する。ルシアン・カイエ Lucien Caillet によるこの場面の吹奏楽への編曲版は、吹奏楽編曲作品の中でも最も成功したものの一つであり、演奏される機会は数多い。

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トマジ/典礼風ファンファーレ

Fanfares Liturgiques
Henri Tomasi (1901-1971)

典礼風ファンファーレ
アンリ・トマジ

 アンリ・トマジはフランスのマルセイユ生まれの作曲家、指揮者である。パリ音楽院でジョルジュ・コサード George Caussadeとポール・ヴィダル Paul Vidalに作曲を、フィリップ・ゴーベール Philippe Gaubertに指揮法を師事した。26歳のときにはローマ大賞を得て、続いて《アトランティス》、《マニャーラのミゲル》の2作の劇場音楽で名声を確立した。クラリネット、フルート、トランペットのための協奏曲をはじめとした管楽器のための作品群が有名であるが、《12のコルシカの歌》、《プロヴァンスの夜》といったコルシカやプロヴァンス地方の民族的素材や、交響詩《ベトナムのための歌》等、アジアに発想を得た作品も数多い。
この《典礼風ファンファーレ》は、1952年に作曲され、指揮者のアンドレ・クリュイタンス André Cluytensに献呈されている。曲は4曲からなっており、それぞれに1.Annonciation 受胎告知、2.Evangile 福音書、3.Apocalypse 黙示録、4.Procession du vendredi saint 聖金曜日の行列 といった典礼に関する副題がつけられている。編成はホルン4、トランペット3、トロンボーン3、バス・トロンボーン1(任意)、テューバ1 というオーケストラの金管セクションと打楽器4といった形が取られている。

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スティーブンス/古いスタイルによる変奏曲

Variations in the olden style (d'après Bach) (1989)
Thomas Stevens (1938-)

古いスタイルによる変奏曲
トーマス・スティーブンス

 トーマス・スティーブンスは作曲家としてよりも寧ろロサンジェルス・フィルハーモニックの主席トランペット奏者として知られている。ビックバンドの編曲が彼の作曲活動の原点となっているが、1970年から再び始められた作曲活動では主にトランペットのための作品を発表している。彼はこの曲について次のように述べている。
「この小品は私の同僚であるロジャー・ボボ Roger Bobo(1980年代までロサンジェルス・フィルハーモニックに在籍していたテューバの世界的名手)のために作曲された。トランペット奏者がリサイタルで欠かすことのできない18世紀のソナタや伝統的な音楽を有しているのに対して、1830年代に発明されたテューバは独奏分野においてこの種の基本的なレパートリーを持たない。この《古いスタイルによる変奏曲》は、2世紀過ぎ去った後ではあるが、この分野に新しい作品を提供する試みとして作曲された。曲の構成は、バッハのフランス組曲第6番のポロネーズに基づくテーマとその変奏からなっており、その変奏は作曲技法的にはコレルリのヴァイオリンソナタやヘンデルの鍵盤作品のそれに基づいている。この曲はテューバと弦楽合奏、通奏低音の編成のものと、鍵盤楽器による伴奏のものの2種類がある。」

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スティーブンス/シシューポスの解放

The Liberation of Sisyphus (1990)
John Stevens

シシューポスの解放
ジョン・スティーブンス

 この曲は1990年ロジャー・ボボの委嘱によって作曲され、同年8月に札幌において開催された国際テューバ・ユーフォニアム・カンファレンスの演奏会で初演された。初演者でもあったロジャー・ボボに献呈されている。 作曲者のジョン・スティーブンス自身もまたテューバ奏者であり、テューバをフューチャリングしたソロ曲、アンサンブル曲には演奏効果の高いものが多く定評がある。曲はソロ・テューバと8本のバリテューバアンサンブルの編成で、ゼウスによって咎めを受けたシシューポスが丘の上に重い石を運び上げることを永遠に課せられた、という神話に基づき、彼の「解放」という架空のシナリオを叙述的に表現しているものである。

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シューマン/幻想小曲集 作品73

Fantasie-stücke op.73 (1849)
Robert Schumann (1810-1856)

幻想小曲集 作品73
ロベルト・シューマン

 シューマンには、《幻想小曲集》というタイトルをもつ曲が合計で3曲あるが(ピアノ独奏のための作品12、ヴァイオリン、チェロ、ピアノのための作品88)、この作品73は彼の創作において第2期にあたるドレスデン時代の後期、1849年にクラリネット(若しくはヴァイオリン、チェロ)とピアノのために作曲された。この年はシューマンの健康及び精神状態が大変良好な時期で、作品67から146に至る間の約20曲以上がこの年に作られている。また、彼の管楽器を用いた作品の代表的なものがこの年に作曲されているのも注目すべき点であろう(ホルンとピアノのための《アダージョとアレグロ》作品70、オーボエとピアノのための《3つのロマンス》作品94)。以上の作品群においては、各楽器の特性を捉えた個性的な表現が実現されているのと同時に、代用楽器による演奏も示唆されているのは興味深い事実である。《幻想小曲集》作品73は3曲からなっており、それらは続けて演奏されるよう、attaccaの指示がなされている。また3曲はそれぞれ個性的な性格づけがなされているものの、動機的には非常に密接した関連性をもっている。
第1曲 柔らかく表情をもって、イ短調、4/4拍子。
第2曲 生き生きと、軽快に、イ長調、4/4拍子。
第3曲 急速に、火のように、嬰ヘ短調、4/4拍子。

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シューマン/アダージョとアレグロ

Adagio und Allegro op.70 (1849)
Robert Schumann (1810-1856)

アダージョとアレグロ 作品70
ロベルト・シューマン

ロベルト・シューマンの生涯において室内楽が創作の対象となった主な時期は、1842年のいわゆる「室内楽の年」の他に、1844年から1850年にかけてのドレスデン時代、1850年から1856年にかけてのデュッセルドルフ時代を挙げることができる。 この《アダージョとアレグロ》は、第2期に当たるドレスデン時代の後期、1849年に作曲されている。この年に作曲された他の室内楽曲としては、クラリネット(若しくはヴァイオリン、チェロ)とピアノのための《幻想小曲集》 Fantasie-stücke op.73、オーボエ(若しくはクラリネット、ヴァイオリン)とピアノのための《3つのロマンツェ》 Drei Romanzen op.94、チェロ(若しくはヴァイオリン)とピアノのための《民謡風の5つの小曲》 Fünf Stücke im Volkston op.102が挙げられる。このように主奏楽器を変えた諸作品群においては、各楽器の特性を捉えた個性的表現が実現されていると同時に、代用楽器による演奏の可能性も示唆していることは興味深い。また、同年《4つのホルンのためのコンツェルトシュテュック》ヘ長調 Consertstückを作曲していることからも、当時変革の著しかった金管楽器に対するシューマンの興味が伺える。
曲名が示すとおり、アダージョとアレグロの2部から構成されているこの曲の冒頭は、原題が Romanze und Allegroとなっていることからも分かるように、独奏楽器とピアノとの会話を持つロマンティックな序奏部を形作っている。また、2部形式のアレグロとともに、ピアノが伴奏以上の重要な役割を担っている。

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シュミット/協奏曲

Concerto (1975)
Ole Schmidt (1928-)

協奏曲
オーレ・シュミット

オーレ・シュミットはスウェーデンの作曲家で、ロンドン・シンフォニー・オーケストラとのカール・ニルセン Carl Nielsen の交響曲の録音で知られる指揮者でもある。オーケストラの金管セクションについての理解が深く、金管楽器のための作品を多く発表している。彼の作曲過程では、彼がジャズ・ミュージシャンとして出発したことからか、即興が大きな特色となっている。また彼の多くの作品は特定の音楽家との親密な共同作業によって作曲されることも同じように特色として挙げることができよう。 このテューバと管弦楽のための《協奏曲》について、彼は次のように語っている。

「この曲の初演は1976年の11月17日、コペンハーゲンにおいて、この曲を献呈されたミカエル・リンの独奏、作曲者自身の指揮するコペンハーゲン交響楽団によって行われた。この曲はAllegro moderato,Lento,Allegro guisto の3つの楽章からなっている。管弦楽伴奏の編成はフルート2、オーボエ2、クラリネット2、バスーン2、ホルン4、ティンパニ、打楽器奏者2、ヴィオラ8、コントラバス4で、ヴァイオリンは用いられていないが、高音域は木管楽器によって補われる。私の目的はこの曲を《暗い》色彩にすることであった。この曲はミカエル・リンの親密な協力を得て完成した。彼は現代のテューバ奏者が彼の楽器でどのようなことが可能かを披露してくれた。」
 曲は作曲技法的、構成的には従来の作法の延長線上にあるものの、作曲者の言葉にもあるように、リップトリルを用いた半音階進行、F-f2の3オクターヴにわたるアルペジオ~グリッサンド等のテクニックが用いられている点が注目される。

第1楽章 アレグロ・モデラート 4/4拍子
第2楽章 レント 4/4拍子
第3楽章 アレグロ・ジュスト 6/8拍子

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2000年10月24日

シャイト/戦いの組曲

Battle Suite (1621)
Samuel Scheidt (1587-1654)

戦いの組曲
ザームエル・シャイト

 ヘルマン・シャイン、ハインリヒ・シュッツと並び"3大S"と称されるシャイトはドイツ初期バロックの代表的作曲家の一人で、作曲様式はフランドル・ドイツの対位的書法を基礎としている。オルガン曲集《新譜表 Tabulatura nova》(1624)を代表として、宗教音楽、合唱曲の分野が有名であるが、1621年に出版された4-5声部による器楽のための舞曲集は、金管アンサンブルのレパートリーとして編曲され演奏されることが多い。この《戦いの組曲》もそういった中の1つで、「戦いのガリヤード Galliard Battaglia」、「悲しみのクーラント Courant Dolorosa」、「ベルガマスクのカンツォーン Canzon Bergamask」の3曲からなっている。

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サン=サーンス/デンマークとロシアの歌による奇想曲

Caprice sur airs Danois et Russes op.79
Camille Saint-Saëns(1835-1921)

デンマークとロシアの歌による奇想曲作品79
カミーユ・サン=サーンス

 近代フランス音楽の基礎を形作ったサン=サーンスは、その長い音楽活動の中で(世代的にはベルリオーズ、リストからストラヴィンスキーまで重なることとなる)、ありとあらゆる分野に膨大な作品を残した。室内楽の作品も、管楽器とピアノのためのソナタをはじめとして数多く、長年フランスにおいて片隅に追いやられていたこの分野を復興させる先駆者となったと言えよう。
 フルート、オーボエ、クラリネット、ピアノという変わった編成によるこの《デンマークとロシアの歌による奇想曲》は、ピアニストとしても有名であった彼が、1887年ロシアに招かれた際に作曲されたもので、そのときのメンバーの編成に従っている。ロシアのほかにデンマークの旋律が引用されているのは、この曲を献呈されたロシアの皇后マリア・フョードロヴナがデンマークの王女だったことに由来する。それぞれの楽器特有の魅力がうまく引き出されている佳曲である。

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サン=サーンス/チェロ協奏曲 第1番

Concerto pour Violoncello n. 1 la mineur op. 33
Camille Saint-Saëns(1835-1921)

チェロ協奏曲 第1番 イ短調 作品33
カミーユ・サン=サーンス

 近代フランス音楽の基礎を形作ったともいえるサン=サーンスは、世代的にはベルリオーズ、リストからストラヴィンスキーまで重なることとなる長い音楽活動を通じて、ありとあらゆる分野(映画音楽までに至る)に於いて膨大な作品を残している。協奏曲の分野にはピアノ協奏曲5、ヴァイオリン協奏曲3、チェロ協奏曲2の計10曲があるが、その大半は彼が35歳から45歳の精力にあふれた時期に作曲されている。この《チェロ協奏曲 第1番 イ短調 作品33》もその時期の作品で、1872年から73年にかけて作曲され、当時パリ音楽院の教授であったオーギュスト・トルベック Auguste Tolbecque (1830-1919) に捧げられ、彼自身によって初演された。尚、前年に《チェロソナタ 第1番 ハ短調 作品32》が作曲されていることは興味深い。

この協奏曲は、その調性と単一楽章の構成という点から、シューマンのチェロ協奏曲を連想させるが、サン=サーンスは構造の一貫性のうえでより徹底しており、古典的な3部分を持った大きな単一楽章、といった感がある。
第1部はアレグロ・ノン・トロッポ、2/2拍子でソナタ形式が用いられているが、再現部においては第1主題は現れない。続く第2部はアレグレット・コン・モート、変ロ長調、3/4拍子で擬古典的な主題が特徴的である。第3部は第1部と同じ拍子、同じテンポ、変ロ長調から始まり、すぐにニ短調に転調し、冒頭の主題を軸とした独奏チェロの技巧的なパッセージが繰り広げられる。全体として冒頭の主題が支配的で、小協奏曲的な要素が強いものの、フランス的な軽快さと明るい色彩感といったサン=サーンスの特徴が随所に見受けられ、シューマン、ドヴォルザークのチェロ協奏曲と並んで、ロマン派の重要なレパートリーと言うことができるだろう。
楽器編成は独奏チェロ、フルート2、オーボエ2、クラリネット2、ファゴット2、ホルン2、トランペット2、ティンパニ、弦5部。

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ロジェ=デュカス/オルガンのための牧歌

Pastorale pour orgue
Jean Roger-Ducasse (1873-1954)

オルガンのための牧歌
ジャン・ロジェ=デュカス

 ジャン・ジュレ・エマーブル・ロジェ=デュカス Jean-Jules-Aimeable Roger-Ducasseはフランスのボルドー生まれで、パリのコンセルヴァトワールでフォーレに師事し、1902年にローマ大賞の2位を受賞、1935年からはポール・デュカ Paul Dukasの後任としてパリのコンセルヴァトワールの作曲の教授となった作曲家である。彼の作品は非常に質が高いにも関わらず、残念ながら今日その多くはあまり演奏されていない。
 彼の音楽は、ヴァンサン・ダンディ Vincent d'Indyがフランクを出発点としたのと同じようにフォーレとドビュッシーに由来している。彼はドビュッシーの新しい和声語法に深い影響を受けて、ロマン派の調体系から彼の師フォーレの否定するような非伝統的な和声語法へと移り変わって行った。また、ルネッサンス期の多声音楽やバッハの対位法に深い興味を抱き、彼の作品の幾つかにはそれらの影響が如実に表れている。彼のピアノ作品は複雑且つ技巧的で常にエレガントである一方、多くのオーケストラ曲は非常に色彩的で、一つの単純な動機が次第に大きなクライマックスを築くといった形式を持つのが特徴である。
 この《オルガンのための牧歌》 Pastorale pour orgue(1909年出版)は、20世紀フランスオルガン音楽においてもユニークな作品である。これは、先の両分野のそれぞれの特徴を同時に備えており、演奏に際しては技巧的である一方、形式的には冒頭に現れる動機が色彩的な変化を帯びて次々と変奏されてクライマックスへと向かっていき、再び元の静けさへと戻っていく。
 この作品はナディア・ブーランジェNadia Boulangerに献呈され、アレキサンダー・ギルマン Alexandre Guilmantによって初演された。

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リヴィエ/グラーヴェとプレスト

Grave et Presto
Jean Rivier (1896-1987)

グラーヴェとプレスト
ジャン・リヴィエ

 フランスの作曲家で教育者でもあったリヴィエは、パリ音楽院でオネゲルに学んだ。彼は、いわゆる革新的、前衛的といった表現には近づかず、寧ろフランスのエスプリ、といった伝統の中で、簡潔な響きで安定した構成と、対位法の明確さを軸とした様式を、とりわけ弦楽器を介して、自らの音楽語法とした。この点において、フランス六人組を継ぐ流れに位置付けられよう。

 このサクソフォーン四重奏のための《グラーヴェとプレスト》は、マルセル・ミュール・サクソフォーン四重奏団にささげられている。彼らはこの分野での先駆的な存在で、当時の多くのフランスの作曲家達によってこの形態の作品が提供されている。曲名が示すように、グラーヴェとプレストの2部分からなり、点的、線的な要素が重視され、全体としてはっきりとした輪郭を保っている。プレストの部分の、強烈なアクセントを伴うアルペジオ、目まぐるしいスケールなどの華麗な動きは高い運動性能をもつこの楽器の特色をうまく活かしていると言える。サクソフォーン四重奏のレパートリーの中でも最も有名な曲の1つで、演奏される機会も多い。

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レイハ/フルートの為の四重奏曲「シンフォニコ」作品12

Sinfonico pour Quatuor de Flûtes op. 12
Antoine Reicha (1770-1836)

フルートの為の四重奏曲「シンフォニコ」作品12
アントニーン・レイハ

 レイハ(日本ではドイツ名のライヒャで呼ばれることも多い)はチェコ出身の作曲家であるが、後にフランスに帰化している。多作で知られ、19世紀初頭のパリでは理論家、教師としても活躍していた。現在24曲の管楽五重奏曲に代表される室内楽曲以外ではあまり注目されていないものの、当時の音楽界においては優れた理論書を著し、多くの影響を与えた人物であった。ベルリオーズはリスト、グノー、フランクは彼に師事している。
 彼は叔父のヨゼフ・レイハからヴァイオリン、ピアノ、フルートを学び、1785年から移り住んだボンに於いて、ベートーヴェンや宮廷オルガン奏者C. G. ネーフェらと共に叔父の指揮のもと宮廷楽団でヴァイオリンとフルートを演奏した。94年末にフランス軍がボンに進行した為、ハンブルグに移り、作曲活動に力を注ぐ。後1799年オペラでの成功を夢見てパリに赴くが、その前の数年間、1796年から98年にかけてブルンスウィック Brunswick において一連のフルートの為の室内楽曲(フルート四重奏曲4曲、三重奏曲1曲、二重奏曲4曲)が作曲されている。
 これらの諸作品は彼の作曲の早い時期のもので、ダレラック、グレトリ、叔父のヨゼフ・レイハや、マンハイムの作曲家、グルック、モーツァルト、ハイドンの影響が顕著である。作品番号12のこの曲もその例に漏れず、前述の作曲家たちの影響が見られる。典型的な4楽章構成。

1楽章 Allegro ニ長調 4/4拍子
第2楽章 Andante ト長調 6/8拍子
第3楽章 メヌエット Allegro vivace ト長調 3/4拍子
      (トリオはニ長調 2/4拍子)
第4楽章 フィナーレ Allegro vivace ニ長調 2/4拍子
なお、副題の「シンフォニコ」が作曲者自身によってつけられたものかどうかは、はっきりしない。

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リード/エルサレム讃歌

Prise Jerusalem! (variations on Armenian Easter Hymn) (1986)
Alfred Reed (1921-2005)

エルサレム讃歌
アルフレッド・リード

 アルフレッド・リードは、吹奏楽曲《アルメニアン・ダンス》、《オセロ》、《ハムレット》などが、現在我が国で演奏される機会が非常に多い作曲家で、彼自身もたびたび来日している。この《エルサレム讃歌》では、アルメニアの音楽学者ヴェルタベッド (1869-1935) が集めた7世紀頃のアルメニアのローマ教皇管区教会典礼聖歌集からキリストの復活を称えた讃歌が用いられている。
 この曲は、序奏、主題提示、5つの変奏とフィナーレから構成されている。序奏は木管の鋭い動きによって開始され、金管が讃歌によるテーマをうたう。フレーズの終わりにはトランペットによってファンファーレ風の楽句が挿入される。提示部では木管アンサンブルでテーマが美しく奏される。2/4拍子、アレグロの第1変奏、3/4拍子でハープやヴィブラフォンが効果的な第2変奏に続き、6/8拍子の行進曲風な第3変奏は切れ目なしで第4変奏に入る。ここではクラリネットとフルートによりカデンツァ風に自由に変奏される。カノン風な第5変奏を経てフィナーレではトゥッティでテーマが奏され冒頭のファンファーレも高らかに加わって華々しく終わる。

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プーランク/六重奏曲

Sextuor
Francis Poulenc (1899-1963)

六重奏曲
フランシス・ プーランク

 僅か19歳にして作曲された《二つのクラリネットのためのソナタ》を初めとする、《フルート・ソナタ》、《オーボエ・ソナタ》、《クラリネット・ソナタ》等のプーランクの管楽器室内楽曲は、この種の演奏会において取り上げられることが多く、「フランス六人組」の中でも、管楽器奏者にとっては最もなじみの深い作曲家である。この《木管六重奏曲》は彼のこの種の室内楽曲の中でも最も大きい編成で、通常の木管五重奏の編成にピアノが加えられている。「フランシス・プーランク」を著したアンリ・エルはこの作品について次のように述べている。

『この六重奏曲は、用いた管楽器のためには大変見事に書かれており、各楽器は最も良く鳴る音域で、最も適切にそれぞれの役割を演じている。つまり音は最も容易に正確に表情豊かであるのだ。』
 この曲は1930年から32年にかけて作曲され、後改訂を加えられ1940年に完成された。同じく1932年に作曲された《2台のピアノのための協奏曲》と共通する語法が多く見られる。3楽章形式で第1楽章はソナタ形式、第2楽章は「嬉遊曲」と題された3部形式のアンダンティーノ、第3楽章「プレスティッシーモ」は変形されたロンドと見ることができる。全体を通じて彼の特徴である明快さとメランコリックな旋律との調和が見られる。ジョルジュ・サレ Georges Sallesに献呈されている。

第1楽章 Allegro Vivace
第2楽章 Divertissement
第3楽章 Finale

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プーランク/2本のクラリネットの為のソナタ

Sonate pour 2 Clarinettes (1918/1945)
Francis Poulenc (1899-1963)

2本のクラリネットの為のソナタ
フランシス・プーランク

 1917年、当時若干18歳だったプーランクは《黒人狂詩曲》"Rhapsodie nègre"初演の大成功にとってパリ楽壇に華々しく登場した。その翌年に《無窮動》"Trois mouvements perpétuels"、《四手の為のソナタ》、そしてこの《2本のクラリネットの為のソナタ》を作曲した(1945年に改訂)。シャルル・ケクラン Charls Koechlin に作曲を師事する以前の独学の時期であるが、既に明快、簡潔で時にアイロニックな彼のフランス的エスプリに満ちた音楽の特徴がはっきりと表出している。ジャン・コクトー Jean Cocteau は次のように評している。

「プーランクはスカルラッティやハイドンを手本にし、ソナタが簡潔なものであることを証明している。このソナタは静寂から出て、また静寂へと戻っていく。柱時計のカッコウのように。なんと感動的なアンダンテ。おしゃべりを終えた小鳥はモダンな木陰の箱の中で嘆くのだ。」
(アンリ・エル『プーランク』村田健司訳 春秋社 1993年 p.18)
 このソナタではB♭管とA管のクラリネットが用いられており、第1楽章 Presto は3部形式で5音音階によるオスティナートが特徴的である。第2楽章 Andante は16分音符の伴奏の上に内省的な旋律が奏される。第3楽章 Vif はアルペジオと軽妙な旋律を持つ小ロンドとなっている。全楽章を通じてクラリネットの多彩な音色が効果的に用いられている。

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プロッグ/3つの小品

Three Miniatures (1990)
Anthony Plog (1947-)

3つの小品
アンソニー・プロッグ

 アンソニー・プロッグはトランペット奏者として知られることが多い人物であるが、金管楽器や金管アンサンブルの作品からオーケストラのジャンルに至るまでの幅広い作曲活動も行っている。テューバとピアノのための《3つの小品》は、1990年アメリカのテューバ奏者ダニエル・ペラントーニ Daniel Perantoniの為に作曲され、同年札幌に於ける国際テューバ・ユーフォニアム会議で初演された。また、一連の金管楽器のために作曲された《3つの小品》シリーズの中の一曲でもある。1992年には作曲者によりテューバと管楽アンサンブルの編成にも編曲されている。

Allegro vivace-Slowly-Allegro vivaceの形式で構成されているこの作品は、通常テューバでは演奏されないようなテクニカルなパッセージや、高音域で謳われる叙情的な部分を含むショウ・ピースであると同時に、彼の特徴である込み入ったリズムと個性的な和声がよく現れている作品であるといえよう。

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モーツァルト/バスーンとチェロのためのソナタ K.292

Sonate B dur K.292(196c) (c1775)
Wolfgang Amadeus Mozart (1756-1791)

バスーンとチェロのためのソナタ 変ロ長調 K.292(196c)
ウォルフガング・アマデウス・モーツァルト

 おそらく1775年ごろ作曲されたと思われるこの曲については、自筆譜、写譜は紛失している。最も古い資料は1805年以前に出版されたブライトコップ社からの全集であるが、下声部の使用楽器がチェロ、ファゴット、通奏低音のいずれかははっきりしない。(現在ではファゴットとチェロによって演奏されることが多い。)バイエルン選帝侯の侍従タデウス・フォン・デュルニッツ男爵(Thäddaeus von Dürnitz)の遺品の中から見つかったファゴット(バスーン)のための作品の一つと伝えられるこのソナタは、当時のミュンヘンを風靡していたフランス風ギャラント様式に忠実に従った協奏曲的な作品である。上声部であるファゴットが終始独奏楽器として活躍し、下声部は通奏低音風の単純な役割が与えられている。

第1楽章 アレグロ 変ロ長調 4/4 ソナタ形式
      経過的な展開部を持つ簡素なソナタ形式。
第2楽章 アンダンテ へ長調 3/4 ソナタ形式
第3楽章 ロンド アレグロ 変ロ長調 2/4 ロンド形式
      ファゴットの主題が4度回帰するフランス風ロンド。

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ミヨー/フランス組曲

Suite Française op. 248 (1944)
Darius Milhaud (1892-1974)

フランス組曲
ダリウス・ミヨー

 第二時大戦の戦禍を逃れてアメリカに移住していた1944年に作曲されたこの組曲は5曲からなる。活き活きとした明るい《ノルマンディー》、静謐な《ブルターニュ》、力強く華やかな《イル・ド・フランス》、哀愁を湛えた《アルザス・ロレーヌ》、そしてミヨーの故郷であり、太鼓のリズムに合わせて笛が軽やかに歌う《プロヴァンス》。そのどれもが当時連合軍がレジスタンスと共にフランス開放を目指して戦った地名である。初演は1945年アメリカのゴールドマンバンドによって行われ、大成功を収めた。「フランス6人組」の作曲者によって書かれた数少ない吹奏楽曲の一つである。出版社からの依頼により、当時のアメリカのスクール・バンドの編成が用いられ、要求される演奏技術は平易に書かれているものの、「旋律」を自らの作曲の本質とする彼によって、各地の特色が極めて精緻に描き出されている。

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メンデルスゾーン/2本のクラリネットとピアノのための演奏会用小品第1番

Konzertstück Nr. 1 f moll, op. 113 (1832)
Felix Mendelssohn Barthorldy (1809-1847)

2本のクラリネットとピアノのための演奏会用小品第1番 ヘ短調 作品113
フェリックス・メンデルスゾーン=バルトルディ

 ドイツ・ロマン派を代表するメンデルスゾーンのこの演奏会用小品は、1832年末から1833年冒頭にかけて作曲された。本来、この曲はクラリネットとバセットホルンの為に作曲されたものであり、当時の優れたクラリネット奏者で、彼の親友でもあったハインリッヒ・ベールマン Heinrich Barmänn とその息子でバセットホルンの名手でもあったカール・ベールマン Carl Barmänn が、1832年暮れに演奏旅行でベルリンに立ち寄った際、メンデルスゾーンに演奏会用の曲を依頼し、12月30日に完成されたものである。2日後の1月1日に試演され、その4日後には初演、好評を博したようだ。
 曲は短い3つの楽章からなり、急-緩-急の自由な構成を取っている。冒頭のファンファーレ的パッセージの後に出てくるテーマは、18世紀末のチェコの作曲家コズワラによるヒットソング《プラハの戦い》のテーマである。流れるような曲想、明るい雰囲気と、きわめて高度なテクニックで形作られていて、いかにもメンデルスゾーンらしい風格を持った作品である。

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2000年10月 8日

マドセン/テューバとピアノの為のソナタ

Sonate for tuba og klaver op.34 (1980)
Trygve Madsen (1940-)

テューバとピアノの為のソナタ
トリグヴェ・マドセン

 トリグヴェ・マドセンはノルウェーの作曲家で、作曲をイョス・アルムグレン Johs Almgren、エギル・ホーヴラン Egil Hovland に、ピアノをイーヴァル・ヨハンセン Ivar Johnsen に学んだ。また、1969年から70年にかけてウィーンのアカデミーでも学んでいる。作曲分野はオペラ、交響曲、室内楽など多岐に及んでいる。作風としては主にプロコフィエフやショスタコーヴィチの影響を認めることが出来るが、彼のサクソフォーンソナタにおけるラヴェルの引用や、クラリネットソナタにおけるプーランクへのオマージュ、そしてピアノ協奏曲第1番についての彼自身の「演奏家と聴衆のための作品」、という彼の作曲姿勢は、この《テューバ・ソナタ》においても同様に当て嵌まると言えるだろう。初演は1980年にロジャー・ボボ Roger Bobo のテューバ、ゲイル・ヘニング・ブローテン Geir Henning Bråten のピアノによって行われた。
 曲は3楽章形式で、スケルツォ的な第2楽章を挟んでアレグロの第1、第3楽章が対称的に配置されている。第1楽章はシャコンヌの形式によって書かれており、第2、第3楽章はそれぞれショスタコーヴィチ、プロコフィエフの影響が強く見て取れる。各楽章の主題は4度音程とその転回である5度音程によって関係付けられている。第3楽章では第1,2楽章の主題が引用され、曲に統一感を与えている。
全楽章を通じて、半音階的進行による流れるような旋律線が特徴的である。

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ルンドクヴィスト/ランドスケイプ

Landskap (1978)
Torbjörn Lundquist (1920-)

ランドスケイプ(風景)
トゥルビョン・イヴァン・ルンドクヴィスト
 
トゥルビョン・イヴァン・ルンドクヴィストは1950年代の半ばから始められた作曲活動において、映画音楽や劇場音楽、歌曲やコラール、小編成の室内楽から大編成の管弦楽に至るまでの多くの種類の音楽を書いている。テューバと弦楽のための《ランドスケイプ(風景)》は国立演奏協会 National Institute for Concertsの委嘱作品で、1978年の春にミカエル・リン Michael Lindの独奏、オレブロ室内管弦楽団によって初演された。ルンドクヴィストはこの作品についてこう語っている。
「純粋にテクニックの点から言えば、私は我々がテューバについていつも連想するのとは違った可能性を表す機会を独奏者に与えたかった。テューバは速いパッセージには向かない、表現能力は全く無い、レガートはほとんどできない、歌うと言ったことに程遠い、等といったことが当然のこととされているが、私はこの事を否定したかった、そしてミカエル・リンがテューバをクラリネットの様に、より表情豊かに演奏する驚異的な能力を獲得することによってそれは可能になったのだ。」彼はスウェーデンの西海岸を訪問した際にこの作品のアイデアを得た。「しかしながら、これは風景画ではない。この曲名は寧ろ自然の中に存在している観念的な状態、或いは生態系のバランスがひっくりかえされる以前の風景に言及している。比喩的な意味合いにおいて、この曲は人間の感情的な『風景』の真相であるともいえる…。」
曲は2つのカデンツァを含み、彼の作風に共通している極北の地域や原初的なイメージを常に彷彿させる。

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ラングレー/オルガンのための小組曲

Suite Brève pour orgue
Jean Langlais (1907-1991)

オルガンのための小組曲
ジャン・ラングレー

 ブルターニュ出身のジャン・ラングレーは2歳のときに失明し、10歳より国立盲学校に入学し、そこで音楽の基礎を学んだ。後にパリ音楽院でオルガンをマルセル・デュプレに、即興をシャルル・トゥルヌミールに、作曲をポール・デュカにそれぞれ師事した。(因に同時期の生徒にはオリヴィエ・メシアンなどがいた。)後にオルガン作品のみでも300を越える作曲活動や北アメリカのみでも300回に上る演奏活動、また聖クロティルド教会のオルガニストを長年務める等、精力的な音楽活動を展開した。この《小組曲》は4楽章から構成され、2楽章は1949年に、3、4楽章は1949年に作曲者自身によって初演されている(1楽章については不明)。またこの曲は彼が戦前発表したオルガンのための小品群と類似性が見られ、彼自身の語調、抑揚といった作曲語法は各楽章を通じてその音楽形式、レジストレーションによって前面に押し出されている。
I.Grands jeux(グラン・ジュ)
ハ長調の曲で終始3段の鍵盤とペダルのトゥッティによって奏されるマエストーソの部分と属調であるト長調のアレグロの部分、カデンツァの後再びマエストーソといった三部形式がとられている。
II.Cantilène(カンティレーヌ)
オーボエの定旋律で始まる嬰ヘ短調の世俗風の曲で、続くカノンの内声には巧みな変奏がおかれている。クライマックスでは手鍵盤とドッペルペダルによる5声のパッセージがイ短調で奏されるが、その中には嬰ヘ短調の定旋律が再び見られる。安らかなフルー管の響きによって、最後の柔らかな和音へと導かれる。
III.Plainte(プレント)
この曲の導入部は半音階的に始められ、抑制されたVoix humaineによって嘆きを表す。続いて特徴的な旋律がペダルと手鍵盤のダブルオクターブによって継続して歌われる。導入部の動機を再び挟んで、控えめなフルー管の音が先程の旋律に持続的な線として伴い、嬰ニ長調で締めくくられる。
IV.Dialogue sur Mixtures(ミクステュールによる対話)
2分の2拍子、ハ長調の激しいアレグロで始まる3部形式の曲である。複数鍵盤(本来はechoの鍵盤も含む)のアンサンブルだが、その大部分では基本的音色を用いた完全和音の並列が一続きで奏される。中間部は、Cornetのソロのレチタティーボ風な旋律がそれまでの勢いを止めるがごとく流れて、ゆったりとしたカデンツと共に終わる。そして再び冒頭部に移り、あいまいであった調性がfffのハ長調の和音に帰結され、この組曲を閉じている。

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クラフト/遭遇 II

Encounters II for tuba solo (1966)
William Kraft (1923-)

遭遇 II
ウィリアム・クラフト

 ウィリアム・クラフトは、作曲をヘンリー・ブラント Henry Brant、ヘンリー・カウエル Henry Cowell、オットー・ルーニング Otto Luening、ウラディミール・ウサチェフスキー Vladimir Ussachevsky等に師事すると共に、打楽器をモーリス・ゴールデンベルグ Morris Goldenberg、ソウル・グッドマン Soul Goodmanについて学んでいる。1955年から1981年にかけてはロサンジェルス交響楽団の打楽器奏者として活躍した。その傍ら、様々な現代音楽グループの音楽監督、指揮者を努め、作曲活動も積極的に行っている。
 この曲は1966年に作曲され、翌年カリフォルニアのパサデナにおけるエンカウンターズ・シリーズ・コンサートでロジャー・ボボ Roger Boboによって初演された。このコンサートは現代作曲家との音楽的”遭遇”の為に企画されたもので、カール・コーンが先の演奏会で作曲した《Encounters》に続くものとして《Encounters II》と名付けられた。この後も同じタイトルで数曲が作曲されている。曲はテーマと変奏の形で構成されており、5オクターブにわたる音域、ppppからFFFFまでのダイナミクス、レントからプレストまでのテンポの変化、重音、ハーフヴァルヴといった特殊奏法など、幅広い表現が用いられている。テューバの為の現代作品としては「古典的」なレパートリーとして位置付てよいだろう。

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ヤコブセン/テューバ・バレエ

Tuba Ballet (1978)
Julius Jacobsen (1915-1990)

テューバ・バレエ
ユリウス・ヤコブセン

 ユリウス・ヤコブセンはデンマーク生まれで、主にスウェーデンで活躍した作編曲家、演奏家(ピアノ・トロンボーン)である。クラシックからポピュラー・ジャズに至るまで幅広い活動を展開したが、彼自身がトロンボニストであったことも手伝ってか、金管楽器のための作品が数多い。テューバのための作品としては、Humoresque(1976)、Tuba buffo(1978)、24 Preludes(1979)等が挙げられ、これらはスウェーデンの有名なテューバ奏者であるミカエル・リン Michael Lindを想定して作曲された。
 この《テューバ・バレエ》は1978年に作曲され、テューバと木管五重奏という珍しい編成が用いられている。題名が示すとおり、各楽章にはバレエに関する題名がつけられており、全曲を通じて「テューバ(或いはテューバ奏者)によるバレエ」とでもいうような、どことなくユーモラスな雰囲気を醸し出している。
I.Arabesque-Battement
II.Pas de Deux
III.Gr.Battement
IV.Polka-Can Can

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2000年10月 6日

堀悦子/3本のフルートの為の2章

Two movements for three Flutes (1965)
Etsuko Hori (1943-)

3本のフルートの為の2章
堀悦子

 堀悦子は作曲を石桁真礼生に師事し、昭和42年(1967)年TBSの委嘱による「ティンパニにチェロとオーケストラの為の協奏曲」を発表、これを出世作とし、前後して毎日音楽コンクールをはじめとした多くの賞を受けている。同年作曲家の会・環を旗揚げした。
 この作品は昭和40(1965)年に作曲され、同年行われた前述の毎日音楽コンクール作曲室内楽部門第2位に入賞した作品である。作曲者はこの作品に対して次のようなコメントを述べている。

「管楽器の中でも、フルートが本来持っている個性の一つには、人間の”息吹”や”呼吸”の要素が持つ音に対する影響力と、その音楽的特性を直截的に反映するという点があると思われます。この作品は、そういった特性を中心に、三本のフルートによる同属楽器のアンサンブルが作り出す音の世界を、三重奏という演奏形態が作り出す面白さ、楽しさといった点をも含めて、多面的に構想、表現したものです。」

 初演は同じく昭和40(1965)年、日比谷公会堂において林リリ子、宮本明恭、小出信也の三氏により行われた。編成は1番フルート、2番フルート(ピッコロ持ち替え)、アルトフルート(3番フルート持ち替え)という編成を取っている。(アルトフルートは通常のフルートの4度下のG管の特殊楽器である。)
 アルトフルートのカデンツァによって始まり、そして締めくくられる第1章と、4+3の7/8拍子で対位法的な第2章は、緩急の関係にあり、アルトフルートのような特殊楽器やフラッター・タンギングといったような特殊奏法が用いられているものの、両楽章の構成や動機の扱い方などは古典的手法の延長線上にある。また、全曲にわたって細やかなダイナミックの変化が要求されることは、作曲者自身のコメントにも見られるように、”息”=”息吹”の影響が音に直接反映するこの楽器の特性を活かしての事であろう。

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オネゲル/狂詩曲

Rapsodie (1917)
Arthur Honegger (1892-1955)

狂詩曲
アルテュール・オネゲル

 アルテュール・オネゲルは、軽妙さを特徴とするプーランクやミヨーとは対照的に重厚で対位法的な作品を数多く残した。スイス国籍をもちながらフランスの文化伝統に根ざし、文化の高揚に貢献したことが、作品に大きな影響を与えているが、同時にその作風には、ドイツ的影響も多く見られる。 フルート2本、クラリネットとピアノという編成の《Rapsodie》は、1917年に作曲され、C. M. ヴィドール (C. M. Widor 1844-1937)に捧げられた。
 曲の構成はリズミックな中間部を挟む緩-急-緩の形式をとっており、3+2+3のリズムをもつ緩やかな部分では各楽器における対位法的なかれ独自の書法がみられる。また、極めて初期の作品であるにも関わらず、作曲家としての特徴が大きく現れている。

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ホルスト/吹奏楽のための第1組曲、第2組曲

First Suite for Military Band in E♭major Op. 28/1 (1909)
Second Suite for Military Band in F major Op. 28/2 (1911)
Gustav Holst (1874-1934)

吹奏楽のための第1組曲 変ホ長調 作品28の1
吹奏楽のための第2組曲 へ長調 作品28の2
グスタフ・ホルスト

 管弦楽組曲『惑星』(1916)がよく知られているイギリスの作曲家グスタフ・ホルストの吹奏楽作品。吹奏楽曲のレパートリーとして非常に重要な位置を占めている。ホルストはこの他に吹奏楽作品として『ハマースミス』(1930)を作曲している。2曲ともに作曲の動機、初演などの資料は残っていないが、彼自身トロンボーン奏者として活動していた時期があり、吹奏楽器の取り扱いに通暁していたことは、この2曲を書く際にあたって大いに役立ったと考えられる。
 『第1組曲』は3曲によって構成される。第1曲《シャコンヌ》は冒頭低音部によって奏される主題が16の異なった表現により呈示される。中間部ではこのテーマは反行型で演奏される。続く第2曲《間奏曲》はABA形式をとっているが、2つの部分のテーマはいずれも《シャコンヌ》のテーマから作られている。イギリスの伝統的なクイック・マーチである第3曲《行進曲》においても導入部、第2主題に《シャコンヌ》からの引用が見られ、全曲を通しての統一感を作り出している。ホルストは演奏会用バンドをクラシック音楽の演奏媒体として使うことを目指し、この作品はそういった方向に向けての第1歩であるとみることが出来るだろう。
 ホルストの功績は作曲のみならず、同時代の作曲家ラルフ・ヴォーン=ウィリアムズ(1872-1958)とともにイギリス民俗音楽の蒐集にあたった点にもある。『第1組曲』の2年後に作曲された『第2組曲』においてその成果を垣間見ることが出来る。第1曲《行進曲》ではモリス・ダンス(Morris Dance)、スワンシー・タウン(Swansea Town)、クラウディ・バンクス(Claudy Banks)、第2曲《無言歌》ではコーンウォールの「私は私の愛を愛す」(I'll love my Love)、第3曲《鍛冶屋の歌》はハンプシャーの民謡、第4曲《ダーガソンの幻想曲》では16世紀の田舎の踊りであるダーガソン(Dargason)の中によく知られるグリーンスリーブス(Green Sleaves)が盛り込まれている。形式としては、行進曲で始まり変奏曲で終わるという、『第1組曲』と逆の構成が取られている。ホルストは後に合唱曲『6つの民謡によるコラール』作品36のb(1916)にこの組曲中の3曲の民謡を、弦楽合奏曲『セント・ポール組曲』作品29の2(1913)では第4曲をそのまま引用している。
 吹奏楽曲で民謡を積極的に用いたものとして、前述のヴォーン=ウィリアムズによる『イギリス民謡組曲』(1923)、オーストラリア生まれの作曲家でピアニストとしても有名であったパーシー・グレンジャー(1882-1961)の『リンカーンシャーの花束』(1937)などが挙げられるが、この『第2組曲』はそれらの先駆的作品として高く評価することが出来るだろう。

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ヒンデミット/バステューバ・ソナタ

Sonate für Basstuba und Klavier (1955)
Paul Hindemith (1895-1963)

バステューバ・ソナタ
パウル・ヒンデミット

 作曲家、演奏家、指揮者、教育者など多くの分野で多大な功績を残したヒンデミットは、作曲技法からみて3つの時期に様式区分できる。つまり、ブラームスの影響下から始まり独特の対位法的書法に向かった第1期(1923年頃迄)、「新即物主義」と称された反ロマン主義的様式を確立した第2期(1924-34年)、堅古な調性システムを基盤として新古典的様式に進んだ第3期(1934年以降)である。
 第3期において、彼は管弦楽を構成するあらゆる楽器を使ってソナタや協奏曲を作曲しているが、この《バステューバ・ソナタ》はその中でも最後に位置している作品である。1955年の作品だが、初演についての詳しいことは判っていない。1953年にヒンデミットはアメリカからスイスに移住し、同時期の作品としてはカンタータ《天しよ急ぎ行け》 Ite, angrli veloces(1953/55)、《二つの歌曲》 Two songs (1955)、オペラ《世界の調和》 Die Harmonie der Welt (1957)を挙げるに留まる。《バステューバ・ソナタ》は調性や音楽的重力といったものに基盤を置いた第3期の特徴とはやや離れた位置にあり、調的にはかなり自由な立場で作曲されている。形式的にはオーソドックスで、2つの特徴的主題を持つ第1楽章、スケルツォ的な第2楽章、4つの変奏からなる第3楽章(このテーマにおいて、反12音主義者であった彼は戯れに音列を用いている)からなっている。この曲は、テューバを独奏楽器として用いた極めて初期の例としても、重要な位置を占めている。

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ヒンデミット/朝の音楽

Morgenmusik (1932)
Paul Hindemith (1895-1963)

朝の音楽
パウル・ヒンデミット

 ヒンデミットは20世紀におけるドイツの主要な作曲家の一人である。この曲は1932年北ドイツの「プレーンの音楽の日 Pläner Musiktag」に際して書かれた種々の編成による一連の音楽の中のひとつで、この曲及び《食卓の音楽 Tafelmusik》、《カンタータ Kantate》、《夕べの演奏会 Abendkonzert》によって構成されている。《朝の音楽》の楽器編成はトランペット、ホルン、トロンボーン(いずれも複数)で、任意によりテューバが用いられ、中世ドイツの都市に於ける「塔の音楽」(市役所等の塔の上で演奏された合図、儀式のための音楽)を連想させる。4声部からなるこの曲は第1楽章(中庸の速さで)、第2楽章(歌)、第3楽章(動いて)からなるが、全楽章を通じて簡潔な書法で書かれており、古典への回帰や「実用音楽」の提唱といった当時の彼の作風が伺える。

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2000年10月 1日

エヴァルド/五重奏曲 第1番

Quintett Nr.1 bmoll,op.5
Victor Evald (1860-1935)

五重奏曲 第1番 変ロ短調 作品5
ヴィクトル・エヴァルド

 19世紀の多くのロシア人音楽家がそうであった様に、ヴィクトル・エヴァルドもペテルブルグの工業学校の教授、技師を本職とした音楽家で、音楽事業家・出版者として当時有名であったミトロファン・ベリャーエフ Mitrofan P.Belyaev等と共に弦楽四重奏団を結成し、チェリストとして彼のグループで活躍したほか、室内楽の作曲家、北ロシアの民謡収集家、そしてホルン奏者としても活動していた。
 彼の作曲家としての活動時期は2つに分けられる。前期の作品は《弦楽四重奏曲》作品1(1893)、《チェロとピアノのための2つの小品》作品3(1894)、《弦楽五重奏曲》作品4(1895)等で、これらは前述のベリャーエフのグループのために作曲されたと考えられる。この後作曲活動はしばらく中断されるが、1912年頃から再開され、3曲の金管楽器のための五重奏曲が作曲された。
この曲の初版は1912年にベリャーエフによって出版されたが、いつ、何の目的で作曲されたのかについては定かではない。オリジナルの編成は、コルネット2本、E♭管のアルトホルン、B♭管のテナーホルンまたはバリトン、そしてテューバといったもので、ほかの2曲の金管五重奏曲もこの編成を取っている。3楽章ともオーソドックスな形式、和声法が用いられているが、そういった伝統的手法とロシアの民族的要素がうまく結合されており、歴史の浅い金管室内楽曲の重要なレパートリーとなっている。
尚、ヴァツラフ・チェルベニー Václav F.Cervený等による金管楽器の改良と演奏能力の向上、それらのロシアでの普及が、彼の金管五重奏曲における弦楽器的イディオムの模倣に貢献していることは注目されるべきことであろう。

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ダンツィ/協奏交響曲 作品41

Sinfonia Concertante op.41(c.1814)
Franz Danzi (1763-1826)

協奏交響曲 作品41
フランツ・ダンツィ

 イタリア系ドイツ人作曲家であるダンツィは、マンハイム宮廷管弦楽団のチェロ奏者であった父の跡を継いで同楽団でチェロを弾いていたこともあって、同じオーケストラの管楽器の友人のために多くの協奏曲、室内楽曲を作曲している。また、親交の深かったウェーバーと共にロマン派のオペラ作曲家の先駆者として音楽史的に重要な人物である。今日彼の舞台音楽は全く忘れ去られているものの、全9曲の木管五重奏を含む室内楽曲は演奏される機会が多い。
 協奏交響曲(サンフォニー・コンセルタント)とは、特に18世紀の後半から19世紀の初めにかけて流行した曲種で、数個の独奏楽器を持つ交響曲と協奏曲の中間形態といえる。バロック時代の合奏協奏曲とその形態は似るものの、性格はむしろ独奏交響曲に近い。ダンツィはその生涯にこの編成によるものを4曲残している。この曲はフルート、クラリネットを独奏楽器としたもので、1814年に作曲されたものと見られている。この作品番号の41番は、出版社によってつけられたもので、彼の《ピアノと管楽器のための五重奏曲》を41番としているものも見られる。

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クレスポ/4つのラテンの情景

4 Escenas Latinas (1992)
Enrique Crespo (1941-)

4つのラテンの情景
エンリケ・クレスポ

 この《4つのラテンの情景》は著名なテューバ奏者ヒルガース W.Hilgersのために作曲家でトロンボーン奏者としても有名なエンリケ・クレスポが作曲したものであり、クレスポの生まれたウルグアイを中心としたラテン・アメリカの音楽のスタイルによって書かれた4つの楽章からなる組曲である。

第1曲 Candombe (カンドンベ)
元はウルグアイのモンテヴィデオのカーニヴァルで踊られる儀式の踊り。
第2曲 Tango (タンゴ)
第3曲 Balada India (バラーダ・インディア)
この楽章は舞曲の形式ではなく、クレスポのアメリカ・インディアンへのオマージュである。
第4曲 Choro (ショーロ)
ブラジルの代表的な舞曲の1つで、ヴィラ・ロボス H.Villa-Lobosもこのスタイルをよく用いている。

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カステレード/協奏的幻想曲

Fantaisie Concertante (1960)
Jacques Castérède (1926-)

協奏的幻想曲
ジャック・カステレード

 テューバという楽器は19世紀前半、ロマン派の時代に開発されたものであるが、当時の楽器製作者らによる開発競争の影響から、現在に至っても各地域によって名称、形状、調性の異なる楽器が幾つか存在する。この《協奏的幻想曲》は、バストロンボーン、テューバ、サクソルン・バスのいづれかとピアノのための曲という指定がなされているが、ここでいうテューバとは一般にフレンチ・テューバと言われる楽器で、通常オーケストラで使われるC調のテューバの1オクターヴ上の小型の楽器である。サクソルンはサクソフォーンの発明者として知られるサックス A.Saxの発明した(そのためか専門書においてもこの2つが混同されることが多い)ピストンをもつ金管楽器で、ソプラノからコントラバスまでのグループから成り立っており、各楽器間の音色の統一が図られていた。現在ではサクソルン・バスはフランスにおいてのみ用いられているものの、その他の楽器はほとんど使用されていない。

 フランスの管楽器のための作品という分野においては、パリ国立高等音楽院の卒業課題として作曲されたいわゆる「コンクール用小品」の果たす役割は大きい。この曲もそういった作品の一つで、パリ国立高等音楽院のバストロンボーン、テューバ、サクソルン・バス科の前教授ベルナール P.Bernardに献呈されている。作曲者のカステレードはパリにおいて教鞭をとっている人物で、室内楽曲からオーケストラ曲に至る幅広い分野での作品を発表している。曲名が示すようにソロとピアノは協奏的な関係をもっており、アッチェレランドやリタルダンド、頻繁に起こる拍子の交替といったリズム構造を用いたファンタジックな性格が特徴的である。

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ボザ/金管五重奏のためのソナチネ

Sonatine
Eugéne Bozza(1905-1991)

ソナチネ
ウジェーヌ・ボザ

 フランスの作曲家、指揮者であったボザは、同時代の作曲家アンリ・トマジ Henri Tomasiと同じく、管楽器や管楽器を含む室内楽の演奏会のプログラムにしばしば登場する名前である。両人とも多様な編成の管楽器の為の作品を残しているが、《トランペット協奏曲》、《アルト・サキソフォン協奏曲》などが知られるトマジに比べて、ボザはこの《ソナチネ》のような小品の分野に多くの作品が残されていることは興味深い。
 彼は、2本のトランペット、ホルン、トロンボーン、テューバによる五重奏の編成の為に6曲の作品を残しているが、1951年に作曲された《ソナチネ》は、その中でも代表作といえよう。有名なギャルド・レピュブリケーヌ吹奏楽団(フランス親衛隊軍楽隊) のメンバーによって委嘱されたこの曲は、Allegro vivo、Andante ma non troppo、Allegro vivo、Largo-Allegro vivoの短い4つの楽章から成っており、スケルツォ的な第3楽章では、ラヴェルの作品からの引用がみられる。各パートとも技巧的であるが、金管楽器の色彩感を感じさせる。

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バーンスタイン/ハリル

Halil (1981)
Leonard Bernstein (1918-1990)

ハリル
レオナルド・バーンスタイン

 まずはスコア冒頭の作曲者自身の言葉を引用しよう。


 ―《ハリル》は「ヤーディンと戦死した彼の同胞達に」捧げられている。ヤーディン・タネンバウム Yadin Tanenbaumは1973年のイスラエル戦争で戦死した才能豊かな当時19歳のイスラエルのフルート奏者だった。(ヘブライ語でフルートを意味する)《ハリル》は形式的観点からは私がこれまで書いてきたどの作品とも違っているが、また調性的な力と無調的な力との闘争、という点で今までの多くの作品と似通っている。ここでの闘争とは、戦争に伴う闘争であり、戦争の脅威、生に対する圧倒的な願望、芸術と愛の慰め、平和への希望といったものを闘争だと感じているのだ。この曲は言うなれば夜の音楽であり、その冒頭の12音音列から曖昧で全音階的な終止に至るまで、夜のイメージが衝突し合う。希望の夢、悪夢、休息、不眠、夜の恐怖。そして「死の双子の兄弟」である眠りそのもの―

 初演は1981年5月27日、テル・アヴィヴにおいてJ. P. ランパルのフルート、作曲者自身の指揮でのイスラエル・フィルによる。全曲を通じてのモティーフは序奏である冒頭部に示された音列に基づき、大きく分けて四つの部分からなる。変ニ長調による第1提示部、リズミックな第2提示部、打楽器を伴った長大なカデンツァ、そして(ここまで影のように寄り添っていた)アルトフルート、ピッコロを含むオーケストラのみによって奏されるコーダ。前述のように、全音階的なソロ・フルートの2音によって曲は閉じる。
冒頭に挙げたプログラム・ノートを彼は次のような言葉で締めくくっている。

「私はヤーディン・タネンバウムに会った事は一度もないが、彼の精神を知っている。」

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ベートーヴェン/ソナタ ヘ長調 作品17

Sonata F Dur op.17 (for Horn) (1800)
Ludwig van Beethoven(1770-1827)


ソナタ ヘ長調 作品17 (ホルンのための)
L.v.ベートーヴェン

 当時最も有名なホルン奏者プント G.Punto(本名はシュティヒ J. W. Stich)の知遇を得たベートーヴェンがウィーンにおける彼の演奏会のために一晩でかきあげたといわれるソナタ。ベートーヴェンのその他の作品の創作過程からみて、このようなまとまった作品が一晩でかきあげられたということには疑問の余地があるものの、当時としては珍しい組み合わせであるこの特殊な作品が、プントという特殊な演奏者との出会いによるものだという点はまず間違いないだろう。当時のホルンはまだナチュラル・ホルンと呼ばれるヴァルヴのついていない楽器で、唇の形や右手の構え方、管の長さの変更、といった技術を駆使して半音階を演奏しなければならなかったので、非常に難度の高い楽器であった。プントはこの楽器の名手で、独奏者として非常な人気を博していたという。この曲のホルン・パートも彼の名人芸を発揮させるべく作曲されており、初演は1800年4月18日プントとベートーヴェンによって行われた。翌1801年には出版の運びとなり、ウィーンのモロ社から初めて出版されたが、そのときの表題は《ホルン又はチェロを伴奏とするピアノのためのソナタ》というものであった。初期のソナタにはこのような「~を伴奏とするピアノソナタ」という表記がよく見られるが、事実そのようなコンセプトで作曲されたものであり、このソナタにおいてもピアノ・パートが重要な位置を占めている。チェルニー C.Czernyによると、出版時に付加されたチェロ・パートはベートーヴェンによるものであり、このチェロ・パートにはオリジナルのホルン・パートにさらに追加されたフレーズが所々にみられる。

第1楽章 アレグロ・モデラート、ヘ長調、4/4拍子、ソナタ形式。
第2楽章 ポコ・アダージョ・クアジ・アンダンテ、4/4拍子、ヘ短調。楽章と呼べるほどの規模ではなく、寧ろ第3楽章への序奏をなすものである。
第3楽章 ロンド、アレグロ・モデラート、ヘ長調、2/2拍子、ロンド形式。

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バーンズ/第3交響曲

Third Symphony Op. 89 (1995)
James Barnes (1949-)

第3交響曲 作品89
ジェイムズ・バーンズ

ジェイムズ・バーンズは、カンザス大学で学び、現在、同大学の教授を勤めるとともにコンサート・バンドの指導にもあたっている作曲家である。数多くの吹奏楽曲を作曲し、日本においても演奏される機会は多い。この交響曲第3番は、ワシントンの米国空軍楽隊とその当時の隊長、アラン・ボーナー大佐の委嘱により作曲された。当初、1995年12月に同空軍バンドにより初演される予定だったが、演奏旅行が中止となったため、1996年6月13日、大阪市音楽団による演奏が世界初演となった。フルスコアの冒頭に彼によるこの曲の解説がなされているので、以下引用する。

―(前略)―私はこの仕事に取り掛かった時、人生において大変困難な時期を目の当たりにしていた。私達の最初の娘であるナタリーを失った直後であったので、もしもこの曲に表題をつけるならば、『悲劇的』と呼ぶのが妥当であろうか。
 この作品は絶望の深い暗闇から成就と喜びの輝きへと進んでいく。第1楽章は挫折、苦難、絶望、落胆といった、娘を失った後の私的な感情の全てが反映している。スケルツォ(第2楽章)は風刺、ほろ苦い甘味を持ち、其れゆえ世の中のある人々の尊大さや自惚れといった感情に関係している。第3楽章はナタリーが生きている仮の世界のための幻想曲であり、また彼女への別れの挨拶でもある。終曲(第4楽章)は魂の再生、我ら全てのための赦しを象徴している。最終楽章の第2主題は古いルター派の賛美歌『神の子羊』"I am Jesus' Little Lamb"に基づいている。この歌はナタリーの葬儀の時に歌われたものである。歌の最後の詩節は次のようなものである。

私ほどの幸せが誰にあるでしょうか
神の子羊である今の私のように
私の短い生涯が終わったときには
主に仕える万軍の天使によって
主の胸に抱かれるのでありましょう
ああ、主の腕の中の休息

 この交響曲の完成から3日後、1994年の6月25日に息子であるビリーが生まれた。第3楽章がナタリーのためであるならば、終曲は正にビリーのためであり、姉にあたるナタリーの死後彼を授かった我々の喜びでもある。―

 吹奏楽曲としては極めて大きな編成が用いられているが、曲の構成は伝統的な4楽章の構成で、自由なソナタ形式の第1楽章、ABA形式の第2楽章、ABCABCの形式をとる第3楽章、ソナタ形式の第4楽章からなっている。第1楽章と第4楽章はリズム、動機の取り扱いの点で特に関連性を持っている。曲中では管楽合奏の様々な可能性が試みられ、その試みの成功によって、演奏会用バンドを弦楽器の欠けたオーケストラの様に扱うことなく、幅広い音楽表現を獲得しているといえよう。
I. Lento-Allegro Ritmico
II. Scherzo
III. Mesto (for Natalie)

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P. D. Q. バッハ/「オランダ」組曲

"Dutch"suite in G major (S-16)
P. D. Q. Bach (1807-1742?) Dredged up and edited by prof. Peter Schickele

「オランダ」組曲
P. D. Q. バッハ

 以下の文章は楽譜冒頭に表記されている前文の訳である。
 「P.D.Q.バッハの“オランダ"組曲について述べられることは“下の"(=nether)ようなことである。それはタイトルで述べられている国名であり、使用されている楽器の音域であり、この作品に対する霊感と職人精神の質であり、そして(おそらく)彼が作曲を行った場所(彼はほとんどの作品をピアノの下で作曲した)である。
 偉大なるJ.S.バッハの最後でありたった1人の子孫である彼がオランダを訪れたのは、十中八九、"偉大なる放浪の時代"であると思われる。
 1曲目を献呈されているミニュイット氏は現在のニューヨークを造ったピーター・ミニュイットの子孫であるかもしれないということは、全く如何わしいということではない。有名な画家であるルーベンスによって、P.D.Q.バッハの訪れる1世紀以上前に設立された動物園で見られる動物たちについて言及したのが、"黒豹の踊り"であるということもまた全く如何わしいということではない。"低地のフリング(活発な踊り)"(訳注:イギリスのhighland flingに似たものではないか)はよく知られている踊りで、オランダでは未だに踊られている。この踊りは普通海面下の土地で踊られ、"おじぎ"が特徴的である。J.S.バッハのフランス組曲やイギリス組曲に比べると些細でちっぽけなこの"オランダ"組曲は彼の長すぎた創作生活の中の"悔恨の時代"に作曲された。尚、彼の時代と現代のテューバには音量の点で大きな差があり、バランスを解決するために布でミュートされる。」
(訳注:本気にしないで下さい。)

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バッハ/種々のカノン BWV 1087

Vierzehn Kanons BWV 1087 (c1745)
Johann Sebastian Bach (1685-1750)

種々のカノン BWV 1087
ヨハン・セバスティアン・バッハ

 オルガンのためのたくさんのカノン風コラール編曲や《音楽の捧げ物》BWV 1079、《フーガの技法》BWV 1080における幾つかのカノンと並んで、バッハは一連のミニアチュア・サイズのカノンを書いている。それらはBWV 1072-1078、1086、1087として分類されているが、この中でもBWV 1087は特別なグループを形成している。正確な総題は《先行するアリアのはじめ8つの音符に基づく種々のカノン》とされており、その8つの音符 G-F#-E-D-B-C-D-Gは《ゴルトベルク変奏曲》BWV 988の主題を形成するアリアの第1-8小節のバス音である。バッハはこれを1745年頃、《ゴルトベルク変奏曲》の自家用保存本の余白に一続きのものとして書き込んだ。これら14のカノンのうちの2つは別の形でも伝えられている(第11曲=BWV 1077、第13曲=BWV 1076)。その他の12のカノンはその自家用保存本が1975年に発見されて初めて知られたものである。そのどれもが前述の8つの音符、その逆行型ののG-D-C-B-D-E-F#-G、反行型のD-G-A-B-G-F#-E-D、逆行反行型のD-E-F#-G-H-A-G-D及びそれらの拡大・縮小に基づく2声から6声のカノンとなっている。

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アルブレヒツベルガー/トロンボーン協奏曲

Concerto per Trombone (1769)
Johann Georg Albrechtsberger (1736-1809)

トロンボーン協奏曲
ヨハン・ゲオルグ・アルブレヒツベルガー

 ヨハン・ゲオルグ・アルブレヒツベルガーはディッタースドルフ、ハイドン、モーツァルト等と同時期のウィーン古典派に属する作曲家、理論家で、1793年からはシュテファン大聖堂の楽長も務めた。その門下からベートーヴェン、フンメル、チェルニー等を輩出し、彼の名は教育者としてのみ音楽史に挙げられる機会が多いが、フックスの流れを汲んだ厳格な対位法による宗教曲には秀作も数多い。このトロンボーン協奏曲は、彼がシュテファン大聖堂の楽長になる以前の1769年にアルト・トロンボーンとヴァイオリン2部、通奏低音のために書かれたものである。

I. アレグロ・モデラート 4分の4拍子
II. アンダンテ 4分の3拍子
III. フィナーレ アレグロ・モデラート 4分の2拍子

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